3.28

  • 2017.03.28 Tuesday
  • 01:40

今日倉敷から帰ってきた。

 

3月15日から作り始め公演が終わった昨日まで、12日間のことでした。森下での稽古3日目、17日の朝に危口さんの訃報が告げられ、それでも、その日も変わらず稽古をした。何を作るべきかわからない、手探りに、誰かが発案したら、手を止め話しを聞き、試し、模索し、発表し、話し合った。それだけを繰り返した。悲しみよりも公演を何としてもやらなくてはいけない衝動の方が強い、どんな時もみんなで笑っていた。

わたしはといえば、当初から蟹の脱皮に心をひかれ、舞台上で脱皮を繰り返す方法を考えたいと言っていた。しかしどんな方法がいいのか見つけられず、ぼんやりとした存在のまま稽古場に居た。愉くんのテキストに筒井さんが手を加えたテキストが仕上がった日、あ、わたしが蟹になればいいんだと気付いた。倉敷に向かう前日の事だった。

体操して脱皮を繰り返すだけの蟹、危口さんを憑依させる蟹、死に抗って負ける蟹、危口さんを探す蟹、何もしない蟹、いろんな蟹を試した。そして結果、ただ、祈った。何度も、脱皮をしながら、祈った。何を祈ったのかはわからない。ただ、祈る事だけをした。蟹だからそれができたんじゃないかと思う。蟹のわたしは人間のわたしより、少し彼の近くにいけたんじゃないかなと思っている。

どうでもよいエピソードをすると、倉敷にいる間、siriがものすごい頻繁に起動した。音楽を聞きたいのに全く聞かせてくれない。だからsiriに話しかけていた。「これでいいですか?」と聞くと「違います」と言われ、「こうしようと思うんだけど」と言うと「やめてください」と言われた。面白くてずっと話しかけていた。東京に戻ってからsiriは一度も起動しない。

それと、公演が終わった翌日の朝、みんなで危口さんの家にお焼香に訪れた。敬三さんのアトリエで危口さんが息を引き取った直後に書いたデッサンがあるから探してくれと頼まれ、みんなで探すがちっとも見つからない。「見られたくないんじゃないですかねぇ」と言うと「うん、見られとぉないんかもなぁ」と敬三さんが言った。絵の納品時間が近づく敬三さんの横で普段から絵を描く時に読んでいるというお経を読んだ。すると突然、カッとなった敬三さんがカツカツと部屋の隅に進み「あった!」と言った。そこには安らかな顔をして眠っている危口さんの顔があった。お経を読んだらしぶしぶ出てきてくれたようで可笑しかった。

 

うまく、この公演に関して思い出したり、考察することができない。今は、ただただ、多くの事柄に感謝をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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  • 2017.04.20 Thursday
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