もうそこに居ない人たち

  • 2017.11.23 Thursday
  • 02:05

 

『もうそこに居ない人たち』無事に終演しました。

 

アメリカ文学研究者・翻訳家の柴田元幸さんが感想を送ってくださいました。柴田さんの許可を頂き、

ここに掲載させて頂きます。

 

嬉しすぎて信じられなくてありがたすぎて月まで飛び上がりましたわたし。

 

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高山玲子さま

メールありがとうございます。いままで見た一人芝居は渡辺美佐子の『化粧』と、吉行和子の『小間使の日記』と、もう一人たしか入江若葉だったと思うんですが吉原の娼婦をめぐる話で、どれも実力派女優が静かに力を見せつける、みたいな感じで、それはそれで面白かったんだけど、ちょっとでも間違えるとすごく目立つので、なんだか観ていて演技を味わっているというより、俳優が間違えずに喋るのを確認してるみたいな感じがしたのを覚えています。でも『もうそこに居ない人たち』は、言いよどみ、つっかえなどもリアルに盛り込まれているので、間違えた/間違えてない とか考えてもはじまらない(この点ではチェルフィッシュにも通じますね)点がたいへん気持ちよかったです。

なんといっても、一人芝居をめぐる一人芝居(池間さんもしっかり芝居の一部だから正確には「一人芝居 の・ようなもの」ですね)という発想が卓抜で、現実と虚構の線引きがよくわからなくなる(個人的に好きな展開です)という事態をあれだけ自然に徹底した舞台も珍しいんじゃないでしょうか。最後に、同じ人物かどうかもよくわからない女性が母親を訪ねていく場面が入っているのがよかった。なんだか形のことばっかり言ってますけど、誰も見に来ない一人芝居役者の侘しさもけっこうしみじみ浮かび上がったりして、そういうところも惹かれました。池間さんが前半ちょこっと演じるところも巧みだったし、なんといっても後半で素敵な声の歌が話に絡みあうのがよかった。

というわけで、ほんとに面白かったです。ご招待いただきありがとうございました。

2017/10/29 柴田

 

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そして公演の写真を写真家・朝岡英輔さんに撮影して頂きました。

ぜひご覧ください。

 

『もうそこに居ない人たち』

https://www.flickr.com/photos/reikotakayama/sets/72157661988021018

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10-20

  • 2017.10.21 Saturday
  • 02:01

 

 

昨日、ようやく、見えた。やっと、手が届いた。

 

この作品は、わたしが芝居をしている最中、見ることができる、光のようなもの(見える時と、見えない時がある)、それを、意図的に発生させるための公演であり、実験です。

願わくば,わたしの見るその光を、見に来た人たちと共有したい、そして、わたしが見た光と、あなたが見た光、それがどんなものだったか、あとで、教えてほしい。

 

まずはそこに行きつくことを、それは集中力にかかっている。

力み過ぎず、考え過ぎず、狙わない、ふとした瞬間に落ちる、無重力のような時間にまずは到達しなくてはいけない。

池間さんの声は、その光に近い音をしている。

 

二人でどこまでいけるか、あと5日。

 

どうかたくさんの人に見に来てほしい。

 

 

『もうそこに居ない人たち』

http://scool.jp/event/20171026/

 

 

 

10-7

  • 2017.10.08 Sunday
  • 01:29

 

あっという間に10月も一週間すぎた。

今週は体調が悪くて銭湯の仕事に行く以外はずっと寝ていた。

休んだり早退ばかりしているのに昼の職場の皆さんとてもやさしいから、行けば好きなもの好きなだけ食べろとたくさん食べさせてくれる。実家のようだ。只もの凄く寒いのでこれからの季節は辛い。

 

あいかわらず大したことはしていない。

それは作品のこと。

ぽつぽつ練習はしている。

池間さんはあと数回は見てるだけだと思うと言っていたからわたしはやっているのを見せなくてはいけない。

稽古見せるのはもの凄く恥ずかしい。見られている演技になってしまう。一人でやっているわたしをこっそり気付かれないように見てくれたらいいのに、みんな、お客さんも。なんてね。

 

今日は京成佐倉へ行った。遠かった。けど行きの電車はずっと寝ていた。

久しぶりに会った小島くんに「いまなんでも出来そうな気がするんだよね」と言ったら「全能感だね」と言われた。

帰りの電車の中でぼんやり思い出してそれは「全無能感」かもと思った。わたしはなにも出来ないの、なにものでもない、無能なのよ、それでいいと思うようになって、だからなにも怖くないと思えるようになったんだよ、ポジティブな無能感、ふふふ。と笑いながらまた眠ってしまった。

 

 

 

9-13

  • 2017.09.21 Thursday
  • 17:40

 

 


【facebookより転載】

来月、三鷹にあるSCOOLで「もうそこに居ない人たち」という公演をやります。

わたしが芝居をして池間由布子さんが歌を歌う、二人だけの作品です。

1年くらい前から一人芝居をやろうと準備というか、人に相談したりしてたんですけど、 6月の下旬に池間さんにばったり会って、この話しをしたら10月なら空いてるから一緒にやろうと、ものの5分の立ち話で言われ、7月にSCOOLに行ったら桜井さんになんかやってよと声をかけてもらい、8月に本決定しました。

この演劇公演を“投げ銭”にしたのは、 たくさんの方に観に来てもらいたいというのが一番なんですが、
それと、チケット代金を決める時、この作品(われわれ含)にいくらの価値があるのか、というよりは、 (小屋代+稽古場代+諸経費+ギャラ)÷(公演回数×集客人数)こうしてざっくり算出して決める、でもこれは興行団体側の都合で、お客さんにとっては関係ないなと、だったら観終わった後に観たものに対して自分で考えて払ってもらおう。という結論になりました。こう決めたらわたしは気持ちがずいぶんとすっきりしました。

これは池間さんが音楽をナリワイにしていることや、二人だけだから出来たことだと思います。

今は、池間さん忙しいのでわたしが一人で書いて、一人で練習してます。 (去年から一人で練習する作品ばかりやってる…。さみしいけど、慣れた。)

既に毎日、緊張して、不安で、怖い 笑。 でも、このトントンと決まったこのトントンの流れに乗っかって、あまり力まず悩まずやっちゃおーって感じでがんばります。

なによりこの機会に皆さんに、池間由布子さんの歌を聞いてもらいたい。 彼女が歌うと空気がピンと張りつめ引き込まれます。 本当にすてきです。 一緒に出来るわたしはとても幸せ。

ぜひぜひ足を運んでください。

お待ちしてますよー。

高山玲子

『もうそこに居ない人たち』 http://scool.jp/event/20171026/

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2017.10.26木 - 10.27金

『もうそこに居ない人たち』

芝居:高山玲子 歌:池間由布子


日程
10/26(木)20:00

10/27(金)15:00/19:30
開場 各回30分前


料金 投げ銭
*料金は見終えた後それぞれの方で決めてお支払いください。

会場 SCOOL http://scool.jp/


予約方法 件名を「SCOOL公演」とし、本文に「お名前/電話番号/希望日時/枚数」をご記入の上、

下記アドレスまでお送りください。こちらからの返信をもってご予約完了となります。

メール takayama.ikema@gmail.com

twitter @takayamaikema



触れないものを想像する

髪をなでる、爪を噛む、コップを掴む


聞こえないものを想像する

工事現場の騒音、街中の音楽、赤ん坊の泣き声


見えないものを想像する

空を羽ばたく鳥の形、風の色、あなたが見てるわたしの姿

ここに居るものを想像する

もう居ないものを想像する

 


小さな合図をそっとします

そこに居るもの返事をください

トンのあとにトントンとふたつ

トントンのあとにトンとひとつ

 


                せ ー の

 

 

 

 

 

9-17

  • 2017.09.18 Monday
  • 03:57



昨日の日記書き途中なんだけど、まだうまく書けず、今日先出し。

 

公演情報を公開して5日たった。

たくさんの人に向けて発信し、それに対して多くのリアクションを頂き、現に予約も少しずつ増えてます。

それによって自分が少しハイになったことも自覚してる。

ハイに押されての効果なのか冴えた。寝ないで書き直した台本はこれなら出来そうなものになった。

そしたら無意識に覚えに入った。

もう出来ちゃうな、わたしは出来きる自信がある。

これ悪いことではないし良い方に流れてるはず、それは確か、でも一旦寝かせよう。

数日、この作品について考えることをやめようと思う。

一緒に作る人がいるのに、一人でイメージ固まったら聞く耳もたなくなっちゃうから、

一旦忘れます。

9-11

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 01:45


自主練2回目。
死にたくなった。


テキスト全部書き直し中だけど、それすら意味あるのか疑わしい。


わたしは臆病なくせにかっこつけたがる、情けない。


深夜、猫の毛づくろいをした。
ごわごわで固まった毛玉がたくさんできる。ももちゃんはもうおばあちゃん、そのことと向き合う、これも勇気がいる。



9-6

  • 2017.09.07 Thursday
  • 02:08


今日はスタジオに入って一人で練習をした。


三日前に台本の第一稿が上がって、声に出して読んでみようと思ったわけです。


難しい。正解が全然わからない、何をやっても嘘くさくなりますね、演劇って、嘘なんですけど、それがあたまり前でしょと人前に立ってしゃべることをしたくないんだけど、それはどうしたらいいんだろ、なにをどうしたって、演者と観る人の関係でそこでやること発する言葉は全部作り物になりますね、練習すればするほどなるだろうし、よし出来たの完成形はなんだ、そんなの見たくない、と思ってしまった、破綻。自分で書いといて読みたくない、読めないって、ひどい。じゃあ、本番まで言葉を覚えず、ぼーっとした、たった一人ぼっちで今ここにいるようなわたしを本番で見せたいかというとそうでもない、わたしはお芝居をして観に来た人に楽しんでもらいたいと思っている。どうしたらいいのかわからない、まぁ、とりあえず、作るしかないのかな、やるしかないのかな。



というわけで来月三鷹のSCOOLで公演をすることになりました。

池間由布子ちゃんと一緒にやるんだけど、なかなか連絡がつかず、まだ詳細が決まってない。

ツイッターみたら今日と明日は札幌でライブみたいだ、まだ当分先になりそう。

まぁ、あせってもしようもないし、わたしはわたしでやることがたくさんあるから毎日こつこつ考えてやっていこうと思っています。

ここで書いてだれか見てくれてるかな、

そんな一縷の望み、ってそんな大げさなことないけど、

ぜひ観にきてほしいです。

よろしくお願いします。




10月26日(木)・27日(金)

三鷹SCOOL http://scool.jp/

高山玲子(芝居) 池間由布子(歌)

「もうそこに居ない人たち」



8.18

  • 2017.08.19 Saturday
  • 03:55

もう昔っからなんだけど、どうも自分の気持ちや感情にそぐわない事象が起きた時、頭の回路がぐにゃっとして思考が止まる。そして苦虫を噛み潰したような顔をする、してしまう、それは普通は我慢するべき顔なはずの顔で、それを平気で相手を前にしてしまう。

少し時間がたって落ちつけばなんてことはないんだけど、これは昔から、たとえ親兄弟、友人、恋人、上司、お客さん、芝居の座組、演出家、どんな相手にも出てしまう。これどうしようもない人だと思う。でも頭がキーンとして痛むのだ。そして白むのだ。これ年々酷くなってきてるように思う。(でもそんなわたしの姿を見たこともない人もいるはずでだから誰それ構わずどこでも発動している訳ではないと願う)

それで最近、昼のバイト先の人たちといちいち合わなくて、あー、あー、うーん、うーん、みたいな状態が続いて、終るとすごく疲れてる。

それで今日は次のバイトに向かうために駅で電車を待ってたら涙がどんどん垂れてきて、困った。哀しいわけではないんだけど勝手に垂れる。

それでふいに携帯に保存してる「若い母が小さい兄を抱っこしてる写真」を見てしまって「この二人、二人とももう居ないんや」と理解したら、今度は悲しい涙が倍増してどんどん垂れてくるからとにかく目を瞑って電車に乗った。

次のバイト先で、上田岳弘『塔と重力』を読んでたら主人公の田辺は感情とは無関係に涙が出て止まらなくなる男で、彼が突然泣き出すのをわたしは同じように泣きながら読んでいた。この『塔と重力』田辺という男は阪神大震災で瓦礫に埋もれて丸二日閉じ込められた経験のある男で、その時の自分を小窓のようだと感じ、小窓として世界を覗き、あらゆる人になる。しかしそれでも田辺であることから抜け出すことは出来ず、死がやってくる前に、これからこの先起こりうる全ての残虐な出来事を全部終らせ、吸い尽くそうと、自爆テロを命じられた少女が、ダイナマイトに火を点け、木っ端みじんに砕け散ることを思い浮かべたりする。そして同じくビルに閉じ込められ、死んでしまった同級生の女、美希子に再会するんだけど、美希子はしわしわのお婆さんになっていて、美希子に「どうして泣いているの?」と聞かれ「これは、君のために泣いているんだ」と田辺は答える。そしてそれを読んでいるわたしはどばどばと涙を垂らしている、なぜだかはわからない。とにかく泣いている。その最中、バルセロナで起きたテロのニュースが届き、北海道でバスが転倒したニュースが届き、父が戦争で自決の為に渡された青酸カリを50年手放さなかったという娘の俳句を目にする。

テロで死ぬ、事故で死ぬ、戦争で死ぬ、病気で死ぬ、自殺する、災害で死ぬ、殉職する、突然死する、寿命で死ぬ、虐められて死ぬ、心中して死ぬ、だれが一番幸せな死ですか、正しい死ですか、悲しくない死ですか、死は、生きてる人間に比べようない、けど、けどね、けど、けどさ、だ。しかしこれだけは確か、戦争やテロで巻き込まれて死ぬことは100%悪だ。許されない。わたしは絶対にNOだ。気持ちがぐちゃぐちゃだ。わたしはもうずっと涙が垂れ続けている。

そして小説の終わり、子供が出来た田辺は、謎の涙病がピタッと止まる。それに対し友人の水上は言う「子供が小学校に上がるまでだ。それまでは別の誰かがお前の代わりに泣いている」そう、わたしは泣いている。涙が止まらない。

7.15

  • 2017.07.15 Saturday
  • 17:55

 

昨日の夜、銭湯のバイトが終って帰る時、ふいに女将さんが手に持ってた文庫本を開いて「この本、主人が好きだった詩の本なんだけど、あなたが読んだらどんな風かなと考えていたの」と言われた。その時は電車の時間が迫っていたので「ぜひ、読みたいです!」と答えてバタバタと帰った。

 

それで、寝る前(あ、お母さんの好きだった本を読みたい)と思い、本棚を探して、「ぼくは12歳」(岡真史)を手に取った。

母が、生前この本を読んでいた姿をぼんやり覚えている。

 

この詩はお母さん好きなんじゃないかなとか、これはあまりだろうな、でもわたしは好きよ、とかいろいろ、声に出しながら、読んだ。

 

それで、さっきバスの中で「ぼくは12歳」後編にある岡くんのお母さん、岡百合子さんの文章を読み返していたら「死ぬ三日前、七月十四日、私とあの子二人だけの最後の団欒は、居間で、二人してビートルズのステレオを聞いたことでした。どうして十四日とはっきり覚えているかというと、その日は私の誕生日だったからです。」と書いてあった。

あら、7月14日はちょうど昨日だ、なんだか不思議だ。

 

岡くんは、お母さんの誕生日に、お母さんとビートルズを聴きながら、結成時のエピソード、メンバー一人一人の経歴、特徴をとうとうと、語ったそうだ。

 

死ぬ三日前ということは、あさってが命日なのか、七月十七日。

あ、その日は危口さんの月命日だ。そういえば危口さんのご実家の本棚にも「ぼくは12歳」があったな。

 

岡くんは12歳で亡くなり、お母さんは35歳で亡くなり、危口さんは42歳で亡くなった。

わたしの頭の中で彼らが会合する。

 

あっという間に意気投合しているから、わたしは入れなくて、遠くから見ている。

 

ところで女将さんの持ってた詩の本はなんだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

6.9

  • 2017.06.11 Sunday
  • 05:15

 

 

この数日、blanClassで行ったインタビューの悔恨脳内リプレイばかりしていた...。

なんでこおぉぉなっちゃったのかというと、いの一番はインタビューになれてなかったからかな。

うーん。セッティング組んで映像見れば自ずと話すこと見えるだろうと高を括ってたらなんにも浮かばなかったな...。

当日は「実験」するつもりなのですが「実験」というのは、練習して完成した「作品」を見せるわけでもパフォーマンスするわけでもないから、内容を話すことでネタバレ(?)するんじゃないかと懸念したら何を話せばいいかわからなくなった。

しかしその「実験」の仮定や目測の話しをすれば良かったんだということに映像を見ながら気付きました。遅い。

 

 

 

これが問題の映像。3分ご観覧頂ければ十分かと...。

(この映像を見ていたら先日人に「あなたほんと独特だねぇ」と言われたのをしみじみ思い出した。)

 

 

翌日インタビューしてくれたblanClass宮澤さんにこんなメールを送った。

http://d.hatena.ne.jp/blanClass/20170612/1497194076

 

 

 

しかしおかげさまというかわたしこの映像からたくさん閃めきました。

随分見えた見えた(見えたよー)。

これはこれで面白い。前向きに開き直った。

このインタビューはわたしのための作業だったのかもしれない。

 

これは「実験」しつつ「作品」を作ることになりそうです。全ては、当日、この場所に集まった人のバランス、体調やメンタル、天気や風や音や気圧、そういった物をひっくるめたところで何が起こるか見る。過度な準備も演出もしません。瞬間を切り取り、わたしの見ている世界とあなたの見ている世界を行ったり来たり、混ざり合ったり合わなかったり、そんな様を一つのフレームに納めてみたいと思います。

 

どんどん楽しみ。わくわくしてきて マス。

 

そんなことで人が来ないと出来ません!

 

できることならいろいろな年代、多種多様な方に参加して頂きたい。

難しいことはないです。ぼんやり参加しくださってokです。

 

なんとかなく気になる予感に心が揺れたら、ぜひ17日の土曜日は井土ケ谷blanClassにお越しください。

 

どなさまも歓迎します!

 

お待ちしてます!

 

 

『強い思い込みより形成される世界その居心地について ーOn the fanciful world and its comfortablenssー』

高山玲子

 

http://blanclass.com/japanese/schedule/20170617/

 

日程:2017年6月17日(土)
開場:18:30 開演:19:30
入場料:1,600円(ワンドリンク付)

会場:  blanClass  http://blanclass.com/japanese/

 

予約不要です。当日会場にお越しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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