9-11

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 01:45


自主練2回目。
死にたくなった。


テキスト全部書き直し中だけど、それすら意味あるのか疑わしい。


わたしは臆病なくせにかっこつけたがる、情けない。


深夜、猫の毛づくろいをした。
ごわごわで固まった毛玉がたくさんできる。ももちゃんはもうおばあちゃん、そのことと向き合う、これも勇気がいる。



9-6

  • 2017.09.07 Thursday
  • 02:08


今日はスタジオに入って一人で練習をした。


三日前に台本の第一稿が上がって、声に出して読んでみようと思ったわけです。


難しい。正解が全然わからない、何をやっても嘘くさくなりますね、演劇って、嘘なんですけど、それがあたまり前でしょと人前に立ってしゃべることをしたくないんだけど、それはどうしたらいいんだろ、なにをどうしたって、演者と観る人の関係でそこでやること発する言葉は全部作り物になりますね、練習すればするほどなるだろうし、よし出来たの完成形はなんだ、そんなの見たくない、と思ってしまった、破綻。自分で書いといて読みたくない、読めないって、ひどい。じゃあ、本番まで言葉を覚えず、ぼーっとした、たった一人ぼっちで今ここにいるようなわたしを本番で見せたいかというとそうでもない、わたしはお芝居をして観に来た人に楽しんでもらいたいと思っている。どうしたらいいのかわからない、まぁ、とりあえず、作るしかないのかな、やるしかないのかな。



というわけで来月三鷹のSCOOLで公演をすることになりました。

池間由布子ちゃんと一緒にやるんだけど、なかなか連絡がつかず、まだ詳細が決まってない。

ツイッターみたら今日と明日は札幌でライブみたいだ、まだ当分先になりそう。

まぁ、あせってもしようもないし、わたしはわたしでやることがたくさんあるから毎日こつこつ考えてやっていこうと思っています。

ここで書いてだれか見てくれてるかな、

そんな一縷の望み、ってそんな大げさなことないけど、

ぜひ観にきてほしいです。

よろしくお願いします。




10月26日(木)・27日(金)

三鷹SCOOL http://scool.jp/

高山玲子(芝居) 池間由布子(歌)

「もうそこに居ない人たち」



8.18

  • 2017.08.19 Saturday
  • 03:55

もう昔っからなんだけど、どうも自分の気持ちや感情にそぐわない事象が起きた時、頭の回路がぐにゃっとして思考が止まる。そして苦虫を噛み潰したような顔をする、してしまう、それは普通は我慢するべき顔なはずの顔で、それを平気で相手を前にしてしまう。

少し時間がたって落ちつけばなんてことはないんだけど、これは昔から、たとえ親兄弟、友人、恋人、上司、お客さん、芝居の座組、演出家、どんな相手にも出てしまう。これどうしようもない人だと思う。でも頭がキーンとして痛むのだ。そして白むのだ。これ年々酷くなってきてるように思う。(でもそんなわたしの姿を見たこともない人もいるはずでだから誰それ構わずどこでも発動している訳ではないと願う)

それで最近、昼のバイト先の人たちといちいち合わなくて、あー、あー、うーん、うーん、みたいな状態が続いて、終るとすごく疲れてる。

それで今日は次のバイトに向かうために駅で電車を待ってたら涙がどんどん垂れてきて、困った。哀しいわけではないんだけど勝手に垂れる。

それでふいに携帯に保存してる「若い母が小さい兄を抱っこしてる写真」を見てしまって「この二人、二人とももう居ないんや」と理解したら、今度は悲しい涙が倍増してどんどん垂れてくるからとにかく目を瞑って電車に乗った。

次のバイト先で、上田岳弘『塔と重力』を読んでたら主人公の田辺は感情とは無関係に涙が出て止まらなくなる男で、彼が突然泣き出すのをわたしは同じように泣きながら読んでいた。この『塔と重力』田辺という男は阪神大震災で瓦礫に埋もれて丸二日閉じ込められた経験のある男で、その時の自分を小窓のようだと感じ、小窓として世界を覗き、あらゆる人になる。しかしそれでも田辺であることから抜け出すことは出来ず、死がやってくる前に、これからこの先起こりうる全ての残虐な出来事を全部終らせ、吸い尽くそうと、自爆テロを命じられた少女が、ダイナマイトに火を点け、木っ端みじんに砕け散ることを思い浮かべたりする。そして同じくビルに閉じ込められ、死んでしまった同級生の女、美希子に再会するんだけど、美希子はしわしわのお婆さんになっていて、美希子に「どうして泣いているの?」と聞かれ「これは、君のために泣いているんだ」と田辺は答える。そしてそれを読んでいるわたしはどばどばと涙を垂らしている、なぜだかはわからない。とにかく泣いている。その最中、バルセロナで起きたテロのニュースが届き、北海道でバスが転倒したニュースが届き、父が戦争で自決の為に渡された青酸カリを50年手放さなかったという娘の俳句を目にする。

テロで死ぬ、事故で死ぬ、戦争で死ぬ、病気で死ぬ、自殺する、災害で死ぬ、殉職する、突然死する、寿命で死ぬ、虐められて死ぬ、心中して死ぬ、だれが一番幸せな死ですか、正しい死ですか、悲しくない死ですか、死は、生きてる人間に比べようない、けど、けどね、けど、けどさ、だ。しかしこれだけは確か、戦争やテロで巻き込まれて死ぬことは100%悪だ。許されない。わたしは絶対にNOだ。気持ちがぐちゃぐちゃだ。わたしはもうずっと涙が垂れ続けている。

そして小説の終わり、子供が出来た田辺は、謎の涙病がピタッと止まる。それに対し友人の水上は言う「子供が小学校に上がるまでだ。それまでは別の誰かがお前の代わりに泣いている」そう、わたしは泣いている。涙が止まらない。

7.15

  • 2017.07.15 Saturday
  • 17:55

 

昨日の夜、銭湯のバイトが終って帰る時、ふいに女将さんが手に持ってた文庫本を開いて「この本、主人が好きだった詩の本なんだけど、あなたが読んだらどんな風かなと考えていたの」と言われた。その時は電車の時間が迫っていたので「ぜひ、読みたいです!」と答えてバタバタと帰った。

 

それで、寝る前(あ、お母さんの好きだった本を読みたい)と思い、本棚を探して、「ぼくは12歳」(岡真史)を手に取った。

母が、生前この本を読んでいた姿をぼんやり覚えている。

 

この詩はお母さん好きなんじゃないかなとか、これはあまりだろうな、でもわたしは好きよ、とかいろいろ、声に出しながら、読んだ。

 

それで、さっきバスの中で「ぼくは12歳」後編にある岡くんのお母さん、岡百合子さんの文章を読み返していたら「死ぬ三日前、七月十四日、私とあの子二人だけの最後の団欒は、居間で、二人してビートルズのステレオを聞いたことでした。どうして十四日とはっきり覚えているかというと、その日は私の誕生日だったからです。」と書いてあった。

あら、7月14日はちょうど昨日だ、なんだか不思議だ。

 

岡くんは、お母さんの誕生日に、お母さんとビートルズを聴きながら、結成時のエピソード、メンバー一人一人の経歴、特徴をとうとうと、語ったそうだ。

 

死ぬ三日前ということは、あさってが命日なのか、七月十七日。

あ、その日は危口さんの月命日だ。そういえば危口さんのご実家の本棚にも「ぼくは12歳」があったな。

 

岡くんは12歳で亡くなり、お母さんは35歳で亡くなり、危口さんは42歳で亡くなった。

わたしの頭の中で彼らが会合する。

 

あっという間に意気投合しているから、わたしは入れなくて、遠くから見ている。

 

ところで女将さんの持ってた詩の本はなんだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

6.9

  • 2017.06.11 Sunday
  • 05:15

 

 

この数日、blanClassで行ったインタビューの悔恨脳内リプレイばかりしていた...。

なんでこおぉぉなっちゃったのかというと、いの一番はインタビューになれてなかったからかな。

うーん。セッティング組んで映像見れば自ずと話すこと見えるだろうと高を括ってたらなんにも浮かばなかったな...。

当日は「実験」するつもりなのですが「実験」というのは、練習して完成した「作品」を見せるわけでもパフォーマンスするわけでもないから、内容を話すことでネタバレ(?)するんじゃないかと懸念したら何を話せばいいかわからなくなった。

しかしその「実験」の仮定や目測の話しをすれば良かったんだということに映像を見ながら気付きました。遅い。

 

 

 

これが問題の映像。3分ご観覧頂ければ十分かと...。

(この映像を見ていたら先日人に「あなたほんと独特だねぇ」と言われたのをしみじみ思い出した。)

 

 

翌日インタビューしてくれたblanClass宮澤さんにこんなメールを送った。

http://d.hatena.ne.jp/blanClass/20170612/1497194076

 

 

 

しかしおかげさまというかわたしこの映像からたくさん閃めきました。

随分見えた見えた(見えたよー)。

これはこれで面白い。前向きに開き直った。

このインタビューはわたしのための作業だったのかもしれない。

 

これは「実験」しつつ「作品」を作ることになりそうです。全ては、当日、この場所に集まった人のバランス、体調やメンタル、天気や風や音や気圧、そういった物をひっくるめたところで何が起こるか見る。過度な準備も演出もしません。瞬間を切り取り、わたしの見ている世界とあなたの見ている世界を行ったり来たり、混ざり合ったり合わなかったり、そんな様を一つのフレームに納めてみたいと思います。

 

どんどん楽しみ。わくわくしてきて マス。

 

そんなことで人が来ないと出来ません!

 

できることならいろいろな年代、多種多様な方に参加して頂きたい。

難しいことはないです。ぼんやり参加しくださってokです。

 

なんとかなく気になる予感に心が揺れたら、ぜひ17日の土曜日は井土ケ谷blanClassにお越しください。

 

どなさまも歓迎します!

 

お待ちしてます!

 

 

『強い思い込みより形成される世界その居心地について ーOn the fanciful world and its comfortablenssー』

高山玲子

 

http://blanclass.com/japanese/schedule/20170617/

 

日程:2017年6月17日(土)
開場:18:30 開演:19:30
入場料:1,600円(ワンドリンク付)

会場:  blanClass  http://blanclass.com/japanese/

 

予約不要です。当日会場にお越しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.29

  • 2017.05.30 Tuesday
  • 03:46



せわしない毎日ではあるんだけど生産性が低い。このせわしなさはただわたしのCPU要領がいっぱいでふん詰まりなだけだ。

もっか悩んでいることと言えば来月19日にblanClassで行なう「強い思い込みより形成される世界その居心地について」とはなんだ、ということ。なんだろうこれは、タイトルと解説を付けたのは3月の下旬、それは単に提出の締切だったからだ。

当初、考えていたのはお昼頃から開場し、いくつかの部屋に仕掛けがあり、体験したり、鑑賞したり、作成したり、時間の経過とともに変化し、夜にはそれらのデータを元にみんなで感想やらディスカッションする、そんな楽しーい一日を思い描いていた。しかし、どう考えても人が来ないでしょう。もし誰も来ない、いや一人来たら、わたしと昼からマンツー、なにするんだ、かわいそう。

準備する時間もなさそうだし、そもそも具体的なアイデアがない。やはり普通に夜から始めようということになった。カテゴリー「ワークショップ/デモンストレーション」と付けてしまった。ワークショップ=「体験型講座」。デモンストレーション=「物事が現実であることを確かに示すこと、事実であることを論証すること」ふむふむ。これは来てくれた人と一緒に何かを試しするということだ。じゃあしなきゃ。

タイトル「強い思い込みより形成される世界その居心地について」を付ける際ヒントにしたのは、「世界は、主観によって制約された客観としてはわたしの表象である。世界はわたしの意思である。」アルトゥル・ショーペンハウアーの言葉でした。

ということで、急いでこの本を読んでいる最中です。難しくて半分も理解できない。それより著者の周りの人たち(主に哲学者)を小馬鹿にした文章の言い回しの方が気になって笑える。彼は超常現象、自然主義、神様も全て否定してる。わたしが彼の言葉からイメージして付けたタイトルは解釈が全く間違っていた。この本を読んでどうしよう、何がしたいのか更にわからない。

なんとなくカメラをたくさん使いたいのだけどわたしはカメラを一台も持っていない。わたしの肩書きには映像作家とあるのに、わたしはカメラを持っていない。更にPC(mac)が古すぎて編集ができない。わたしはそれでも映像作家といえるのだろうか。あ、(表象)映像作家でどうだろう。(どうですかショーペンハウアー先生)どうしよう。困った。


ヒントを探しに東伏見稲荷へ行った。ちょうど茅の輪が設置されていた。わたしはこの、輪をくぐって(左)くぐって(左)くぐって(右)真っすぐ進む、この瞬間、わたしとわたしを取り巻く空気が刷新されるように感じる。(ショーペンハウアー先生はこういうこと言う女が大嫌いなんでしょ)。

どうして人はお祈りをするのだろうか、お祈りをする時、その先には誰が居るのだろうか、みんな何を祈るだろうか、世界中どこの国にも神様は居て人々は祈っている。わたしは祈る人の姿を見るのが好きだ。祈る人はその瞬間に神様と交信しているように見える。「衆生本来仏なり」というお経の一節がある。全ての人は仏であるという言葉、祈る人の姿を見るとこの言葉が浮かぶ。

ぶら下がった絵馬に目をやると、家族の健康、受験に合格、子供の成長、そんな祈りばっかり。それぞれの人の気持ちが慎ましく胸が詰まる。ちょっと覗いてみようなんて嫌らしい気持ちで見たわたしこそが嫌らしい。

今日の手帖には「やること決める!機材チェック!」と書いてあった。何も決められなかった。

ただ、きっと何とかなる、うん、何かはするはずなので、、、、


もしよかったら来てください…。
予約不要みたいです。当日フラッとお越しください。行くよってそっと声かけてもらってもうれしいです。来てもらえるとうれしいです。



2017.6.17

ワークショップ/デモンストレーション|高山玲子[強い思い込みより形成される世界その居心地について]


小さい頃から思い込みが強かった。
ぬいぐるみと話し、好きな時に雨を降らせ、夢の中で見たことが現実になった。
わたしの世界はわたしによって作られる世界である。
わたしはわたし以外の世界を全て否定する。

それぞれの人の信じる世界についてなるべくそっと足を踏み込んでみたり、背を向けたりしてみたい。


日程:2017年6月17日(土)
開場:18:30 開演:19:30
入場料:1,600円(ワンドリンク付)



blanClass



そして、キチムで体操教室も6月は2回やります。


「6月 キチムで体メンテナンス体操」


http://kichimu.la/file/taiso3.htm


日時


☆6月10日(土)オープン 18:00 (〜食事)/ 体操スタート 18:30


☆6月21日(水)オープン 11:45 / 体操スタート 12:00 (〜食事)

*6月10日は先にお食事して頂いてから体操になります。18:00より前にいらして下さっても構いません。

参加費 1,500円(サンドイッチ+1ドリンク付き)

服装  動きやすい格好


持ち物 バスタオル(あればヨガマット)/水など
* 各自で床に敷くものをご持参ください!

お申し込み
件名「6月10日 or 21日キチム体操」とし、「お名前/連絡先/人数」を添えて、メールで下記アドレスまでお送りください。
decoyamadecoco@gmail.com


男性の方もすこーしづつ増えてます。ぎっくり腰になる前に、体を伸ばしましょう。


結局告知かよって、雑な日記でした。

反省。

5.6

  • 2017.05.07 Sunday
  • 03:02

 

ローザス&イクトゥス『時の渦』を当日券で観た。

当日券に列んで券を購入したのは始めてだ(実際今日は列んでないけど)。これまで列んでも観たいと思うことがなかったからだけど、先日観た『Fase』が最高にすばらしくて、それはそれは素晴らしくて、角膜に張り付いた残像を何度も再生させている、だからもう一度、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの作った作品が観たい、それと彼女の居る場所、近くに行きたいと思った。

『時の渦』も素晴らしかった。

 

開演前、いくつもの円が引かれた幾何学模様の床を見ていたら、一日、全ての時間をわたしの為だけの時間として過ごしたいと思う。仕事とプライベート、オンとオフなどない。全ての時間はわたしのもの、わたしが健やかに豊かに生きる為の時間であり、その為にお金を使う、そうして自分のために必要なものを選び、見て、食べ、聞くことができれば、体や頭、内部の機能がうまく循環し、そしておのずと良いもの(表現)を外へ発散することが出来るのではないかと思った。

 

昨日はキュイの舞台を観た。GWお休みは一日もないけど劇場に三回も足を運んでいる、なんとなく雰囲気は同調できている気がする。

 

 

5.2

  • 2017.05.07 Sunday
  • 02:37

 

最近たまに昼のバイトで賄いを作っている。昼のバイトはお肉の加工品(ハム・ソーセージ)を製造・販売しているお店なのですが、作る人と売る人で食の志向が正反対なんですね。作る人は魚・野菜派、なんならみそ汁、漬物、ご飯でok、まぁ一日中巨大なお肉を扱う仕事だから気持ちは分かる。方や売る人は、お肉、チーズ、マヨネーズ、揚げ物大好き。まぁハム・ソーセージ屋さんですから、お肉好きは真っ当ですよね。というこの両極端の腹をどうやって満たすか、いつも非常に悩む。

しかしいつも弁当や店屋物だから、健康を考えなるべく野菜をたくさん、温かくお腹も満たされる節約レシピを心がける。

今日は、「鶏と茸のかやくご飯」、「トマトのツナとピクルスマヨソースかけ」、「具沢山中華スープ」を作った。なかなか良い出来じゃないかと思った。

しかし作る人は職人だから「へーなんか不思議な味だね」「がんばりましたね」とか、こうした方が良かったとか、あーだこーだいちいちうるさい。今日はそこへ売る人が、わたしの作った料理をチラッと見た後、大量の切り落としハムとキャベツをマヨネーズで和えた物を自作、あげくわたしの作ったトマトサラダの上にかけた。みんなもまだ食べるのにです。わたしはツナソースを作ってかけてあったのに、そこにハムとキャベツのマヨ和えを載せた...!

(あんたがハムマヨいくら食べようが知ったこっちゃないけどわたしの作ったものにかけんな!!!)。挙げ句、かやくご飯に生卵と醤油をかけて食べていた...。

切れたわたしはもう口聞くのも嫌になった。そしてこんなにイライラするなら賄い作るのやめようと思った。

 

(4月からやたら怒りっぽく短気なのですが、先日東洋医学の先生とお話ししたら春は怒りの感情が強くなるらしいのでそんなに心配しなくていいそうです)

3.19

  • 2017.04.20 Thursday
  • 04:11


〆切りが重なったいくつかの提出物をとりあえずみんな送った。かなり無理やりではあるけどとりあえず ひと 安 心 (はー)。


先週はやたらと元気で眠らなくても平気だったのに、昨日おとついはパタッとまた動かなくなり夕方まで寝ていた。この自分じゃないような体になってしまった時、どう付き合えばいいのだろうか。

何かにかぶれたのか顔が赤く爛れてしまい、それもなんだか憂鬱で、ああ(これだから春は…)。


『牯嶺街少年殺人事件』を思い出す。真っ暗闇から襖がそっと開き光が入るパタパタと歩く人々の足が見えるカット、遠くから女の子が門を閉めて学校に向かうカット、電気が消えて真っ暗になり蝋燭の火がポッと点くカット、そこに居た人すら、今なにが撮られているかきっと分かってなかったんじゃないだろうか、カメラマンと監督だけが知っている、映画のマジック、監督という魔法使いが、いた。永遠のような幸福な時間がフィルム閉じ込められていた。
映画はいいなぁ。あんな時間に出会いたいなぁ、いつか生み出したいなぁ。


ふと、『牯嶺街少年殺人事件』を見て、日本の「怒り」という映画が、あの沖縄の少年にもっと寄り添い丁寧に描くことが出来ていたら、日本の映画に期待を持てたかもと思った、けど、それは無理だと思う、だから、なんの期待もしてない。




4.11

  • 2017.04.12 Wednesday
  • 03:00

朝から仕事、思ったよりすんなり起きれた。昨日体操したおかげだろうか。昨日はたくさん来てくれた、終わり10分のところでさやさんも来てくれた。10分でも来ようと思って来てくれたことがすごい。駅からも遠いし、その気持ちにわたしの体操が応えられるといいなと思う。なかなか人に話せない話しを一生懸命しようとするけど、言葉が見つからない、詰まって頭の奥がキーンとする、そこは空洞のようだ、それを「それでいいじゃない」と言ってもらえた。さやさんの頭の上には満月があった。いつも満月に会っている。

バイト先で最近パソコン仕事を頼まれるようになった。ずっと座っていると眠くて寒いのでたまに食べ物を触ったりつまみ食いしたり接客もしたいのに、それも「カッコ良くしろよ」とか「パターンいろいろ作って」とかいろんなことをいろんな人が言ってくるのでつい「あーーもーーうるさいなぁ!!」と言ってしまった。言うべきではなかったと後で反省した。

今日は銭湯は臨時休業で仕事がない。家に帰ってすぐに寝てしまった。夜に起きて近所の銭湯へ行った。露天風呂に小学生の女の子が入っている、時間は24時30分、もう新学期は始まっているはず、母親は風呂に浸かりながら絶えず鼻をかみ、胆を吐き出していた。いつかの風呂でもこんな人を見かけた「風邪ひいてるんですかね?」と知人に聞くと「あれは薬だと思う」と答えた。あれは、それは、なんだろう、もやもやと、する。子どもはとても明るく元気だった。そっと祈るような気持ち。

そろそろ取りかからなければいけない作業がある。今日も、体がだるくてできそうにない。締め切りがせまる。不安。

そして言いたい、とにかく、桜がきらいだ。

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